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世の中で報道されているニュースと関係ない私個人のイラク日誌。 Last updated: 2003/7/10
乃木猫姫「人間の盾」に無関係なサイトにゃん My Iraq
7/10
本当はこの2ヶ月にいろいろなことがありました。
でも、本当に大切なことは、公開してはいけないと判断して、水面下でイラクと接触していました。
ヨルダン、シリア、アメリカ、イギリス、オーストラリアなどに、どれほど問い合わせたかわかりません。
電話、ファックス、メール、チャット、郵便など考えられるあらゆる手段を使いました。
現在も接触中です。ただし、接触先が直接イラクになったことは、本当にすごい進歩です。
とはいえ、電話回線が夜中に通じなくなってしまうので、なんでもないことをひとつするにも、
大変な時間がかかるのですが。
いつか、すべてお話しできる日が来ることを願っています。


6/28
イラクに送ったEMSと普通郵便が日本の郵便局から戻ってきました。
理由は現在イラクに郵便制度がないからとのことです。
アメリカが破壊する前は立派な郵便制度がありました。切手もクールなのがありました。
郵便制度がないのは、誰のせいですか。


6/26
イラクにEMSと普通郵便を送りました。

6/14
バンコクのホテルのフロントで、先月の忘れ物を受け取りました。
これで、やっと住所が手にはいりました。


5/14
バンコクのホテルの引き出しの中に、イラク人のお友達の住所を書いた手帳を忘れてきてしまいました。

5/1
「元イラク情報相サハフ閣下がこちらへおいでになりまして以来、沈んでいた気持ちもすっかり晴れ、気分がよくなりました」
とレオタード王国の女王が言っています。
 
4/23
最近急に、「おたずねものトランプ」のお求めはこちらというダイレクト・メールがたくさん届くのです。
6ドルですから何セットかまとめてすごく買いたいのですが、私が顔写真をもっとよく見たいとこのサイトで言うなり即ですので、やはり諜報機関がマリカ・サイトをチェックしているとしか思えません。
ウェブ屋に問い合わせたところ、それらはアメリカのサーバーから来ているアメリカのショップなので、日本人がやっているのではないとのことです。
アメリカ人でここ読んでる人いたら、名乗り出てほしい。
 
4/20
今日のニュースで、元チュニジアのイラク大使館大使をアメリカは狙っているということを言っていました。それって、私がオサマのおとうさんに連れられてチュニジアのイラク大使館でお会いしたあのにこやかな、優しそうなあの大使でしょうか。
(下の「アラブ」をクリックすると写真が見られます)
なんだか愛想が良さそうで、おとなしくて、危険な方には見えませんでした。違う人のことであることを願います。
ブッシュのおたずねものトランプはひとりひとりの顔が小さいので、サイトで見てもよく顔がわかりません。
拡大使用とすると画像がひどくてわからなくなります。
拡大写真のページがあればもっと顔が確認できるのですが。
 
4/17
今回のイラク戦争の開戦以来、どうしても納得がいかない点があり、それが日増しに大きくなっていきます。
世間では戦争は終わったという風潮ですが、私の戦争はまだ終わっていなく、最近はごはんものどを通らなくなり、洋服のウエストががばがばです。
細菌兵器開発の通称細菌博士が自分の実験結果を論文に発表した時は英語でした。
湾岸戦争前は、多くのイラク人がイギリスに留学し、ドイツ留学という人もいますけれど、フランスで学んだイラク人はパスツール研究所行ってイランイラク戦争に参加した私の古い友人か、フランスへ行ってはいないけれどフィガロ紙を担当している情報省の友人しか知りません。本当はたくさんいるのでしょうけれど、私のまわりに他に一人もいません。
イギリス帰りのイラク人がたくさんいるのに、フランス語が堪能なイラク人は本当に知りません。
優秀な人材豊富なイラクのこと、きっとフランス政府と交渉できるフランス語の達人は情報省にたくさんいるのだと信じたいです。この国って外務省や文部科学省がやることも全部情報省がやってて変。
この女性細菌博士の亡命打診先はフランスです。
ということは、友人がシリアでフランス大使館との交渉を担当しているのでしょうか。
それだけでも十分に胸が痛むのに、私がなにも食べられない理由は、友人の名字と、女性細菌博士の名字が同じだからなのです。
単なる偶然と考えるべきなのでしょうか。
サダムとイラクの元サッカー・チャンピオン(ウダイの直属の部下)とCNNの女性アナが同じ名字なように。
これってなにを意味するのでしょうか。
当時この友人は独身でした。
私が2年目の結婚と離婚をした時期は連絡を取っていませんでした。
ポール・ヴェルレーヌの詩「巷に雨が降るごとく、我が心にも雨が降る」とモスル行きの夜行列車でフランスの詩を語り合ったあの優しい友人が、細菌博士のXXX、うっそー、絶対に信じられない、そんなことあり得ないと思うわけです。
お話しする内容やお手紙はいつもフランスのオシャレな詩やロマンチックな小説だったその人がそんなに怖い人のXXXかもしれないなんて、絶対に信じたくないのです。
この点を確かめるまで、私の戦争は終わりません。
どうやって確かめたらいいか、今、作戦を練っています。
 
4/15
以前はイラクと国境を開いていたのがヨルダンだけだったからアンマンがすごくおもしろかったけれど、アメリカの圧力で最近国境を閉じたシリアの首都ダマスカスが今一番おもしろいと思います。
電話線が通じている最後くらいにバグダッドの情報省へ電話をした時に、XXさんは今、休暇ですよと言っていたけれど、戦争勃発直前に休暇なんて変だと思って自宅に電話をしたら、今シリアにいるとのことでした。
当時は、もしやなにかの準備かと思っていましたが、武器の流入、義勇兵の入国、政権幹部亡命や、生物科学者のフランスへの斡旋など多くが、シリア国境が舞台になっているのだと感じました。
友人がその担当だったら危なすぎると思い、心配する毎日です。
でも、情報省でフランス語堪能な人少ないから、きっとその人がやっていいるような気がするのは、思い過ごしでしょうか。とても優しい人でした。
 
4/14
弟はサダムの居場所を言ってしまうでしょうかね。
アメリカ人に拷問されたら言うかもしれませんね。
捕虜虐待はジュネーブ条約違反です。
 
4/13
なんでのんびり国内にいたのでしょうね。
国境が封鎖される前に早めにシリアに出国していたらそんなことにはならなかったと思います。
今日捕まってしまいました。この人がハーグへ突き出されるくらいなら、ブッシュ親子は5回くらいハーグで裁かれなければなりません。
 
4/12
お尋ね者トランプにサダムの弟が載っていたのを見て少し心が痛みました。
55名いるそうですが、知っている人が何人も入っていたら変な意味でつらいですけれど、その写真入りリスト見たいです。
兵役拒否をすると耳を切られるなんて本当なのでしょうか。
オサマもアリも大臣の息子なので、外国の大学に留学していましたので、兵役をする必要はありませんでした。
メルセデス6台持っていたおとうさんは、完璧に新政府には受け入れられないですし、運が悪ければアメリカに消されますから、これからはオサマとアリがちゃんと仕事をしておうちの面倒を見る番です。
 
4/11 朝のテレビや新聞で、フセイン大統領の義理の弟のいる建物を爆破したと伝えていました。
とすると、あのひげのツーショットの人としか思えません。
胸が痛みました。そんな危ない同族企業に就職(元ジュネーブ国連代表部大使及び治安部隊トップ)しないで、アンマンでケーキ屋の店主にでもなっていれば命を狙われなかったのに。
 

4/10
バグダッドが陥落して、自分の中のイラクが崩れ去ったような気持ちです。
昨日から涙が止まりませんでした。
イラクの国民が、米兵に花を捧げたり、抱きついたり、喜んで踊ったりというのは、CNNのやらせっぽい部分もあるので眉唾かもと推測します。
実際は、アイデンティティを喪失し、落胆した人が多かったのではないかと思います。
そして、北部クルド人地域で一緒に腕を組んでツーショットしたサダムの腹違いの弟はどうなってしまったのでしょうか。顔があまりに似ているので、影武者とかして、すでに殺されたのでしょうか。
あの日、素敵な微笑みでお話したひとときが夢のように感じられます。もっとたくさんお話ししておけばよかった。
もう2度と会えないのだと思うと、震えがきました。
こんなにいいお天気で日本は春になったというのに、私は、サダムの像が壊されるのを見て、寒気で病気になってしまいそうです。
私の大好きなイラクが消えてしまったのです。
私をお食事やご自宅や別荘にご招待して下さった、政府高官たちがみな、消えてしまったのです。
次回イラクに行ったら誰もお友達がいません。
数日でお友達の消息を失ってしまったショックで、私は、生ける屍のような気分です。
 
戦場に行っていない私でさえそうなのですから、まして、戦争の渦中にいる乃木猫姫は、信じて自分が命を賭けて守ったものがなんだったのかわからなくなり、どれだけ喪失感を味わっているかと思うとかわいそうでしかたありません。
アメリカ人からイラク人を守るために(理由も、方法も今思えばトンチンカンなものでした)現地に赴いて、怖い思いをして、乃木猫姫なりにずいぶん頑張ったのに、イラク人がアメリカ人に「サンキュー」と言うような場面を見たら、価値観が喪失して、エネルギーがなくなり、呼吸困難になっていると思います。
なに言ってるわけ、人がこんなに一生懸命に守ってあげてたのに、なんでアメリカ人と一緒になってウキウキ気分でサダムの像を壊すわけ、非国民、恩知らず、あんたたち、何考えてるの、もう、知らない、とばかりに、自暴自棄になっているかもしれません。
または、はっと目が覚めて、私はなんてことしていたのだろう、私としたことが本当に、信じられない!でも、いいわ、2ヶ月間、夢を見せてもらったと思って、今ここで「人間の盾」生活に終止符を打つわ、私は、これから違う生き方をしよう、ちょっぴり大人になった今日この頃の私、さあ、帰国しなくちゃ、と思うかどちらなのでしょうけれど、乃木猫姫の場合は、多分前者なのではないかしらと気をもんでいるマリカでございます。
私が泣いた以上に乃木猫姫は泣いたでしょう。きっとそんな気がします。いや、本当のところはわからないです、でも、そんな気がするだけですけれど、あくまで、私の想像です。
その涙がなんの涙か分析するのは、本当に難しいことなのですが、乃木猫姫のデリケートな感情を理解して、早く帰れとこちらから、強い呼びかけをしないようにしたいと思います。
お母さんでさえ、乃木猫姫は3ヶ月のビザを取って行ったから、帰国は5月半ばを目安に考えているなんて今日おっしゃっていたので、みんなが早く帰れと帰国コールするのは、今の心情の乃木猫姫には逆効果のように思われます。
乃木猫姫には時間が必要なのではないでしょうか。
時間をかけて、現実に順応できるようにしていかないと、日本でも心がアラブになってしまい、ボーとしたまま数ヶ月を過ごすことになるかもしれません。乃木猫姫ちゃん、マリカがついているから、大丈夫よ。にゃんぐさんもいるにゃん!
 
心配なのは、サダムの御殿のななめ向かいにあるオサマのおとうさんの邸宅は、きっと爆撃されたか、略奪に会っているはずです。
おとうさんは、サダム内閣の大臣でしたから、もうイラクに入国できないかもしれません。
オサマの以前の婚約者が在イギリスのイラク大使の娘でしたが、その大使が、イギリス滞在中に大使館の機密費を持って逃亡し、反体制派となりましたので、オサマはその娘との婚約を破棄して、他の女性と結婚しなくてはなりませんでした。
サダム内閣の閣僚の息子が、サダム反体制派の人(国家反逆罪だから、戻ったら死刑が待っていた)の娘と結婚するわけにいかなかったのです。
親の政治的立場の違いで別れさせられて、かわいそうだなと思いました。
でも、オサマくらいいい男で、おぼっちゃんですから、相手に困りませんでした。
今、反体制派が新イラク政府をつくりますが、オサマの元婚約者のおとうさんもその中に入るのかなと思ったりします。オサマはそんな状況をどのように見ているのだろう。
男は外見ではないといいますが、やはり、彫りが深く、口ひげを生やした浅黒い男は、平坦で、ひげなしの白い男より迫力あります。
さて、イラクの情報省勤務だったR氏が、在日イラク大使館の領事だった頃、ちょうど日本とイラクの親善サッカーの試合が行われ、団長で来日したのが、イラク往年のサッカー・チームを率いたフセインさんで、サダムの息子のウダイ(イラク・オリンピック委員会)の右腕という人でした。当時私の家が、イラク大使館の応接間のようになっていたので、みんなでサッカーの話をしたり、東ドイツに留学していた監督とドイツの歌を歌ったり、楽しい思い出をつくりました。
私のリビング・ルームに集まって騒いだその人たちは、ウダイと一緒に殺されてしまったのでしょうか。
 
とってもなつかしい情報省のカマールさんは、どうしたのでしょうか。
情報省は誰も出勤してきていないと報道されています。ほんの2週間前に情報省に電話をかけた時には、通じたのに、もぬけの殻になってしまい、一体どこへ行ってしまったのだろうと思います。
イラクに百回以上お電話してもここ数日ずっと通じません。
KDDIに言っても、これは日本側の回線ではなくて、イラクの回線の問題ですので、どうにもなりません。
お電話が通じるようになりましたら、友人の消息を求めて、お電話漬けになるでしょう。
私のイラクはもう存在しないのです。
もしそうだとしても、私の心の中では私の出会った素敵なイラクの人たちの思い出がずっと生き続けるのです。
本当に好きです、イラク。
ドイツが夫だとしたら、イラクは情熱的な恋人くらい好きです。  マリカ
 
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管理者より:
マイ・イラクといいながら、どうしてヨルダンが入っているのかと思われるでしょうが、ヨルダンなしにはイラクは存在しえず、ヨルダンもイラクなしには存在しません。
ほんのここ数年だけシリア国境が開いていましたが、イラクへ行くということは、ヨルダンへ行かないと入国できないわけですから、ヨルダンもマイ・イラクに入れました。
シアトル頁はそのうちなくなりますので、ご安心下さい。
 
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