

人道援助活動
筆記用具を渡そう
私はみんなに手伝ってもらいながら、1994年から1996年まで「イラクの子供たちにペンを」という運動をしていました。
家庭、学校、会社の引き出しの奥で眠っている筆記用具、鉛筆でもボールペンでも使用途中でも結構ですから、たくさん集めてイラクの小学校へ直接持って行っていたのです。
現金は集めないで、ペン類と消しゴム、最後くらいには包帯もありになりましたが、誰でもできる、簡単にできる、お金もかからないということで、多くの方が賛同して下さいました。
賄賂男の襲撃の餌食に
イラクへ着いて、まず、情報省の「賄賂男のアリ」というのが、「どんな援助品持って来たの、見せて、おや、いいものたくさんはいってるね、うちは子供が多くてね、妻は病気で、生活は苦しい、少しもらえませんかね」と言うものだから、好きなの持っていきなさいと言ったら、ぺんてるくれよんとか、蛍光マーカーとか、キティちゃんボールペンとか、おいしいもの30本くらいごそっと持って行ったのです。
ああ、明日は小学校を訪問するのに、小学校の一クラス分が減ったと思ったのですが、こんなのは、まだまだ手始めでした。
日本全国の皆さんから、お預かりした大切なペンですから、1本たりとも無駄にしないで、イラクの子供たちに渡したいという気持ちでした。
ところが、千本くらい入った手荷物のバッグを乗り換えの空港で紛失してしまったり(小学校一つ分です!)、教育大臣、校長先生、担任の先生、それらがみんな、うちの子供に少し下さいと数十本づつ持っていくのです。
どうぞ、と言わないうちから、バッグのファスナーを開けて、懇願するようにわしづかみにするのです。
大の大人が、筆記用具ごときをそんな真剣に懇願していたら気の毒になって、たくさんありますから、少しくらいどうぞと言ってしまうのですが、そんなことをしているうちに、数百本づつ、毎日無駄に筆記用具がなくなっていくのです。
ある意味、決して無駄なのではなくて、担任の先生たちは、家の子供に与えたり、またはそれを市場で売って、パンを買っているのかもしれませんから、無駄とは言えないのかもしれません。
しかし、日本でみなさんが、数本づつ封筒に入れたり、学校単位で段ボールに入れたりして送って下さったペンを、途中で子供以外の人々に抜かれるのは、本当につらいです。
まあ、こんなものかと割り切っていないとやっていられません。
私たちは人道活動家ではなくて、おどりの公演の片手間に好きでやっていただけなので、本当に実態は千本のうち、2割か3割は途中で消えるといった具合です。
国境とか、ホテルの部屋の前にいた監視官にも、援助物資はなにを持って来た、見せろ、これをもらうぞ式のことはいくらでもありました。
量がたくさんありましたので、どうにか乗り越えましたが。
子供の手に直接渡すしかない
公演の行き先がイラクでない場合は、その国にあるイラク大使館へ行って、これは日本のみなさんからの、イラクの子供たちへのペンのプレゼントですと言ってごっそり渡してきました。
それらが、ちゃんとイラクのまったんの子供に渡っていたかどうかはアッラーのみがご存じだったと思います。
細かいことを言っていたらきりがないのですよね。
ですから、実際に現地へ行って、自分の手で渡すしかないのです。
私たちは筆記用具だけですし、期間限定2年間で、現金を一切扱いませんでしたから、円満終了したわけです。
募金はするな
現金を人々から集めて援助活動している人たちは、いろいろ難しい問題がありますね。私は、絶対に募金をしません。礼拝の献金はしますけれど。ネットでもコンビニでも、やらないのです。グリーンピースから送られてくる募金依頼の用紙も廃棄します。
人を信用しないわけではないのですが、間の人がなにをするかわからないので、もし、なにか人のためになることをしたかったら、自分で時間やお金をつくってから、直接現地へ出向いて行った方がいいと確信しているからです。
特に、民間団体の人道活動家とかという部類の人は絶対に信用できないのです。
法人にもなっていない個人で、職業もない人が人から援助金を募金してもらって、生活したり、現地へ行っているのを見るのが耐えられないのです。
私は潔癖すぎるのでしょうか。これは、良心と正義感の問題です。
ご意見お待ちいたしております。 人道援助へ
マリカ 