| 以前のお便り ここはその後のお便りです。 「その後、どうなっているのですか」、「もっと知りたい」などいろいろご要望をいただきましたので、 ご意見を下さいました方のお便りを気が向いた時に掲載いたします。 久々に以前のお便りを読んでみたのですが、つい数ヶ月前のことなのに、昔のことみたいに セピア色で、内容のあまりのおもしろさに、笑ってしまいました。 なにか殺気立った人がいたり、頭から湯気出している人とかいて、みんな、変に真剣なのですよね。 人を笑わせてやろうなんて思っていないのに、内容がまじめだから、すごく笑わしてもらいました。 みんなに、座布団1枚つつと言いたいです。 みなさま、ありがとうございました。 2003 7/7 マリカ 今後は、頭巾サイトへどうぞ。 はやしますみさん からのメッセージ: 村岸さんの崇高な信念、命を掛けた行動にもかかわらずイラクの独裁体制と恐怖政治 による民衆支配は終わりましたね。いまイラクは新しい国に生まれ変わるためにもが き苦しんでいるといえましょう。 混乱、無秩序は新生イラクのための「陣痛」ではないでしょうか?旧体制が崩壊した ことはマクロ的に見て、歓迎すべきことです。あなたは、民衆を抑圧したその独裁体 制を守ろうとして体を張ったわけですが、一体どんな意味があったのでしょうか? 本当にイラクを愛し、そのために何かをしたいなら、いまこそ何かをすべき時ではな いですか? 混乱状態にあり、治安も最悪ですが、いまこそイラクの人たちのために命を掛けて何 かをすべきでしょう。米軍が初めから爆撃対象としてはずしていた「給水施設」に潜 り込んで、「イラクを守る」なんて叫んでいたのは安っぽいヒロイズムかナルシズム でしかないわけで、その愚かさに虚しさを感じませんか? あなたに真の正義感とヒューマニズムがあるなら、いまこそイラクへ行くべきです。 そこで民衆のために働いてこそ、本物ですよ。 さあ、いまからイラクへ行きましょう!復興のために働いてください!その時はあな たの行動に拍手を送ります。(2003 7/7) お返事:忘れずにお心にかけていていただき、ありがとうございます。 そのお名前で以前にも、ご意見下さったと思います。 捜そうとしたのですが、ページのリンクが煩雑で捜せませんでした、すみません。 由季子さんは数日前から、すでにイラクにいます。 誰にも言わずにイラクへ発ち、イラクからご実家に電話がありました。 出発前にイラク行きについて言及したら、きっと、たくさんのマイナスの意見、例えば、 どうしてまた行くの、前回の報告をまずきちんとしなさい、お金を人に借りて行くなんて馬鹿じゃない、 まず働いて貯金できてから行ったら、英語できない人が行って役に立つの、 かえって足手まといなんじゃないの、日本にいられないからってイラクに逃げるな、 なんで日本にいないの、イラクに男ができたの、親が吐血してる時に黙って出国して平気なの、 など、一番聞きたくない、うるさいことを、回りからがんがん言われてしまいます。 だから、黙って行ったのでしょう。由季子さんの気持ちもわかります。 でも、母の日や父の日を無視するような人に、イラクの人は世話をしてほしいと思うのかしら。 マリカ |
| 江東 拓実さんからのメッセージ: 豊田さんは、今回のイラク戦争を伝えるために現地入りしたフォトジャーナリストとしては、広河隆一氏や森住卓氏とならぶ第一人者です。今年47歳。 もともと塾の講師をしていたようですが、83年、レバノン戦争の現場跡を旅行で訪れて以来、趣味にすぎなかったカメラを生かして難民や紛争地域の人々を二十年間撮り続けている人です。 最近の写真集として「難民の世紀〜漂流する民」「イラクの子どもたち」「パレスチナの子どもたち」があります。 写真は貸し出してくれるので、私たちも何度も写真展を開き、講演をお願いしたこともありますが、とても情熱的でパワフルな話し方をする人です。 前回の湾岸戦争以来、劣化ウランにより白血病 に苦しむ人たちを訪ね、シャッターを押してきましたが、ほとんどの人が「この現実を伝えて」と哀願する中で、(自分の醜い姿を)「撮らないでよ、いやだよ」という少年にもカメラをむけてきました。 つらかっただろうなと思います。 今回も劣化ウランが使われることはわかっていたことで、彼はジャーナリストの中でただ一人放射能測定器を持ち込むことができたので、砲撃された戦車、建物の壁を測定し、「国際機関が動き出すための入り口をひらきたい」といっています。道行く市民に「危ないから近づくな」と注意すると感謝されるようです。 先日、深夜のテレビ番組で、豊田さんの報告をやっていましたが、時間が遅いのでどれだけの日 本人が観たかわかりません。私たちは日本のメディアが、たまーにいい番組をやってくれるとすかさず録画して、大学やサークルで 上映して討論会をやるようにしているんですが。 由季子さんも、帰国した日にたまたまジャミーラさんの報告会に来ていて、イラクの人たちがウランで被爆している容器に水を汲んで飲んでいて、危ないからやめろというステッカーを貼って注意をよびかけてきたと話していました。 私は、村岸さんが帰国した日に、彼女が話していたことが本当に面白かった(といっては語弊がありますが)のです。 その日、マサカ彼女が帰国しているとは知らずに、ちょうどジャミーラさんが報告会をひらくという情報をきいたので、今度イラクに行く時に村岸さんにメッセージをわたしてもらおうと、手紙を託そうと思っていたのです。 そうしたら彼女がその会場に現れた!ほんとうに思いがけない、うれしい再会でした。 7月27日に報告して欲しいとお願いしましたが、700にんくらいの大きな集会になるので、彼女には重圧かも知れない。 でも小さな規模の集会でもいいから発言して欲しいし、文章でもいいとお願いしました。 でも今は私にも連絡をとる手段がありません。ケイタイも留守電のままですし。(注:携帯は解約しないで出国したようですね:マリカ) ジャミーラさんは、今度の日曜に埼玉で報告会をやるそうです。 そこに行って、村岸さんの行方を聞いてみようかと思います。 コンタクトがとれなくなってしまって、とても残念なのですが、彼女はなにか自分の物語を作ろうとしているのだと思います。 親を苦しめてる、恩師を裏切っている、世話になった人との関係を断ち切って、何か生きる道を手繰りよせようとしている自分。 そういうことをひっくるめて、彼女が自分の人生を悔いなく生きられれば、私は意味があると思います。人生の価値など、所詮己が満足あ るいは納得できるかでしかないのではないか。彼女は「医者でもない自分が病院を訪れてー」と言っていました。じぶんでできるこ とより、どこかの専門的なグループに何とかして欲しいという願いが先行しているようでした。しかし、それだっていいと思いま す。 こうして欲しい、という強い願望。欲求。それが熱意のこもったものであれば、必ず人の心は動きます。彼女の思い。願い。希望と絶望。 それが大きければ、答えてくれる人はいますよ! ただその代償が、大切な身近な人を傷つけていることであろうとは。 マリカさん。しかしこれは長期持久戦ですよ。私は、ダンスができたらどんなにいいかと思いますが全く苦手で、じぶんのウリにで きるものはピアノと、三十過ぎてからはじめたマラソンなんです。じぶんを表現する手段はこの二つだ、と思っているんですね。 ピアノは小さい頃から好きで始めたのですが、恩師を裏切った経緯があり、由季子さんを他人事と思えないのですが、でもその恩師に教えられたことは今も自分の中に根付いているんですよね。 2003 7/4 お返事: いつも、たくさんのメッセージをお送り下さいましてありがとうございます。 私ひとりが読むのはもったいないような、平和志向の強いメッセージですので、ホームページで公開させていただきたいと思っているうちに、日にちが経ち、拓実さんからのメッセージが私のメールボックスにどんどん増えてきてしまいました。 由季子さんをきっかけに、良い方とお友達になれて嬉しいです。 いつか、まとめてご意見をご紹介させていただきます。 マリカ |